福岡藩士・金子氏の家系。堅太郎は法律学を学び、帝国憲法草案作成に関与。日露戦争時は米国で交渉に当たった。始め男爵を授けられ、伯爵に陞った。
- 金子堅太郎
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- 生没年:1853-1942
- 父:金子直道
- 幼名:徳太郎
- 1876-1878 ハーバード大学
- 1878 東京大学予備門英語教員
- 1882 元老院総理秘書官
- 1882 大書記官
- 1884 太政官権大書記官
- 1884 元老院権大書記官
- 1884 制度取調局御用掛
- 1888 枢密院書記官
- 1890 貴族院議員
- 1890 貴族院書記官長
- 1894 農商務次官
- 1895 正四位
- 1896 勲二等旭日重光章
- 1898 農商務大臣
- 1898 正三位
- 1900-1907 男爵
- 1900 司法大臣
- 1906 枢密顧問官
- 1907-1938 子爵
- 1912 従二位
- 1915 大礼記念章
- 1928 勲一等旭日桐花大綬章
- 1938-1942 伯爵
- 1942 従一位大勲位菊花大綬章
- 妻:山田弥寿子1866-1916(父:山田秀典)
- 1888-1923 キヨ(夫:川崎肇)
- 1897-1959 武麿
- 1918-? 文子
- 1923-? 直忠