周布氏


石見を本拠とした益田氏の庶流。始め大内氏、のち毛利氏に仕え、子孫は長州藩士となった。政之助は藩政に奔走したが自刃。公平は維新政府で要職を歴任し、男爵を授けられた。

周布兼定 
生没年:-1239
父:益田兼季
左衛門尉
正室:
-1288 (養子)兼政
(養子)幸寿(益田兼久室)
周布兼政 
生没年:-1288
父:
義父:周布兼定
通称:弥次郎
正室:
-1294 時兼
兼信
娘(兼継室)
鳥越兼俊
鳥居兼行
内兼政
周布時兼
生没年:-1294
父:周布兼政
通称:弥次郎
正室:
-1323 義信
周布義信
生没年:-1323
父:周布時兼
別名:兼信
正室:
兼光
兼宗
周布兼宗
生没年:
父:周布義信
通称:彦次郎
側室:
-1389 兼氏
正室:
-1350 兼長
兼政
周布兼長
生没年:-1350
父:周布兼宗
幼名:悦喜丸
通称:弥次郎
正室:
-1389 (養子)兼氏
周布兼氏
生没年:-1389
父:周布兼宗
義父:周布兼長
幼名:孫法師丸
通称:孫四郎
因幡守
弾正少弼
室:千福
氏連
兼義
-1403 兼仲
娘(吉川経兼室)
周布氏連
生没年:
父:周布兼氏
左近将監
正室:
-1403 (養子)兼仲
周布兼仲
生没年:-1403
父:周布兼氏
義父:田村盛泰
幼名:延命丸
因幡守
弾正少弼
正室:
兼宗
周布兼宗
生没年:
父:周布兼仲
因幡守
弾正少弼
正室:
-1489 和兼
周布和兼
生没年:-1489
父:周布兼宗
幼名:孫賀幸丸
治部大輔
左近将監
正室:
-1506 元兼
兼遠
周布元兼
生没年:-1506
父:周布和兼
幼名:千寿法師
出雲守
左近将監
正室:
-1528 興兼
兼慶
兼祐
周布興兼 
生没年:-1528
父:周布元兼
通称:次郎
左近将監
式部少輔
正室:
-1562 武兼
兼弘
周布武兼 
生没年:-1562
父:周布興兼
通称:彦次郎
左近将監
式部少輔
正室:
?-1578 元兼
兼泰
兼俊
周布元兼 
生没年:?-1578
父:周布武兼
幼名:千寿丸
通称:彦次郎
兵庫頭
左近将監
1578 上月城攻撃
正室:
元盛
長次
兼次
周布元盛 
生没年:
父:周布元兼
通称:少輔九郎
正室:
(養子)長次
周布長次 
生没年:
義父:周布元盛
正室:
杉岡元真
杉岡元真 
生没年:
父:周布長次
正室:
就里
杉岡就里 
生没年:
父:杉岡元真
正室:
周布兼宣
周布兼宣 
生没年:
父:杉岡就里
正室:

(中略)

周布兼正
生没年:
父:
通称:吉左衛門
妻:竹(父:村田伝左衛門信嘉)
1823-1864 兼翼(政之助)
周布兼翼(政之助)
生没年:1823-1864
父:周布兼正
通称:政之助
別名:麻田公輔、松岡敬助
1848 明倫館都講
1852 政務役
1864 自決
贈正四位
妻:サイ1829-1893(父:粟屋重雄)
-1865 藤吾
1851-1921 公平
周布公平
生没年:1851-1921
父:周布兼翼(政之助)
1876 司法少丞
1890-1912 貴族院議員
1891-1897 兵庫県知事
1895 正四位
1897-1898 行政裁判所長官
1898 錦鶏間祗候
1900-1912 神奈川県知事
1905 勳二等
1907 勲一等旭日大綬章
1908-1913 男爵
1908 正三位
1912 枢密顧問官
妻:岩崎貞子1863-1943(父:岩崎衛生)
1882-1955 兼道
1888-1961 千代子(夫:黒沢次久)
周布兼道
生没年:1882-1955
父:男爵 周布公平
1913-1947 男爵
1922 貴族院議員
1925 従四位
妻:副島鑑子1889-1941(父:副島種臣)
1913-1980 公兼
松平明兼(義父:松平外与麿)
1916- 光兼(妻:家坂博子1921-1980)
1920- 吉兼(妻:岡村愛子1927-)
1922- 佐栄子(夫:沢本淳)
妻:渡辺郷子1906-1981(父:渡辺金左衛門)
周布公兼 
生没年:1913-1980
父:男爵 周布兼道
日本興業銀行部長
日東紡績専務
妻:平塚綾子1915-(父:平塚広義)
1944-1988 兼長
1947- 兼和(妻:水野啓子1948-)
1950- 兼定(妻:木暮千春1957-)
周布兼長 
生没年:1944-1988
父:周布公兼
キングレコード
妻:吉丸洋子1949-(父:吉丸台市)
1976- 兼英
1979- 多英子

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